恋は流行性感冒


「…クチュンッ!」
「真琴、風邪ですか?」
「あぅーっ」



「すまん、名雪。気が向いたら明日イチゴサンデー奢ってやるからな」
掃除当番をエスケープして校門へと急いでいた俺は、門の傍らに立っている天野を見てスピードを落とした。
「相沢さん」
天野がぺこりとおじぎする。
「よっ、天野」
手を挙げて応える。そして辺りに視線を彷徨わせながら尋ねようとした。
「あのさ、まこ――」
「真琴なら先に帰りましたよ」



「そっか、なんとなく調子悪そうだったからな」
俺と天野は、会話しながら帰り道を並んで歩いていた。
「今年の流感は性質が悪いそうですから」
「流感?ああ、インフルエンザか……」
いささか以上に古めかしい表現。流石天野というか、まあ。
「だけど、よく説得できたな。あいつ、無理すんなって言っても、言う事聴きそうに無かったんだけどな」
「ええ、少しばかり流感の怖さを教えてあげたんです。」
「ほう?」
天野がどんなおばあちゃんの知恵で真琴を説き伏せたのか。興味が涌く。視線も交えて促すと天野は頷いて語りだす。
「昔ポックリ風邪が流行った時の事です。たかが風邪と油断している人類を、黄色ブドウ球菌に隠れてインフルエンザウイルスを活性化させる謎のウイルスが襲い、バタバタと人々が倒れ、そして南極に残された一握りの人類を残して遂に絶滅してしまうのですが――」
……いや、それはフィクションだ。しかも矢張りというべきか古いし。
「――少し怖がらせすぎたかもしれませんね」
少々やりすぎた、と天野の表情に多少の悔いが浮かぶ。真琴よ、そんなに怖かったのか。
「いや、いい薬だ。無理してこじらせたらどうする?調子が悪いときくらい大人しくしてればいいのに」
「それだけ相沢さんと一緒に居たい、と強く思っているのでしょう」
と、天野が恥ずかしい事をさらりと言った。
「え?あ、いや」
思わず言葉が詰まる。
「先ほども、真琴が心配で、走っていたのですよね?」
更に追い討ち。
頬が急速に熱くなっていくのを自覚する。うろたえる俺の姿に、くすくすと笑う天野。
「勘弁してくれ……」
あの頃より随分と明るく、笑顔を見せるようになった天野。そんな天野を見ながら俺は最近になって持て余すようになった感情について思いをめぐらした。正直、どうしたものかと思う。まだ天野には気付かれてはいなかったからだ。

真琴の事を意識したからではなく、他ならぬ天野に言われたからこそ俺は赤面したのだということに。

相変らず風邪and流感が流行ってるようで。皆さん(と、自分も)お大事にです。
美汐にしょうが湯でも作って貰えば一発なのかな。あるいは玉子酒とか葱巻くとか大根飴とか。