「ん……なぁ、ことみ」
「?」
ことみが小首をかしげるようにして、微笑む。
「このlogの計算規則がいまいち掴みにくいというか……大体こんな訳わからんもの、何に使うんだ?」
「……」
しばらく何か考えてるかのように固まっていたことみだが、ポンと手を叩くと突然立ち上がって隣の部屋に行って何やらごそごそと漁り出した。参考書でも探してるのだろうか。戻ってきたことみが差し出した手を見て――
「……物差し?」
「これは計算尺」
「乗・除・冪・根・各種初等関数などの計算をするための物差し状の器具」
「こっちの固定尺に挟まれた滑尺を滑らせて、カーソルを合わせて答えを求めるの」
「対数の原理を用いる事で乗除算を加減算に変換しているの」
「1614年Napierが対数を発見した後、1620年にGunterが対数目盛、1625年にOughtredが滑尺を考案したの」
「そして1850頃、Mannheimが今の計算尺のスタイルを確立したの」
「Mannheimは当時まだ二十歳くらいなの。とってもとっても凄いの」
「はぁ」
よく解らないが計算する道具らしい。ことみは俺に見えるように真中の目盛を滑らせて見せる。
「こっちの目盛にこの基準線を合わせて……」
「2×3は……およそ6なの」
「なんだよ、そりゃ?」
「ええと…」
「これは2×3という誰でも暗算できる計算の結果をあえて『およそ』で示す事で典型的なエンジニアのメンタリティを示すジョークなの……」
「おもしろく、なかった?」
「いや、悲しそうに瞳を伏せられても…」
「いいの。私は数字しか信じない女なの」
いじけるように俯きながら計算尺をシャカシャカと滑らせることみ。
「今この時点での、朋也くんの合格率は……5%に修正されたの」
「だぁーっ、お前がやるとシャレにならんからヤメレっ」
真面目に考えると海外の大学とかシリアス展開必至だけどあえて「天才少女
一ノ瀬ことみによる、マンツーマンの丁寧な指導。」で進学組転向を希望してみる。
しかし、朋也相手だとことごとく
理系ギャグが滑って夫婦仲が危機に陥りそうな悪寒。
一年後――
「ことみ、電算演習の課題終わったか?」
「まだなの」
「じゃあ、今から実習室行って終わらせちまおう」
……
「そういえばさ」
二人並んでキーを叩きながらことみに話し掛ける。
「?」
「さっき佐藤が『JAVA、JAVA行ってる奴は素人。開発の現場はC++だろ』とか言ってたけど、結局どの言語がいいんだろうな」
最近はC++からJAVAに主流が移っているということらしく、ウチの学科でもJAVAを取り扱っていた。
「鈴木はCだって言うし、田中はRUBYしかないって」
しばらく一方的に語りかけていた俺は、隣でカチャカチャとキーを叩く音が止んだ事に気付いてそちらに目を向けた。ことみはキーボードに手を乗せたまま下を向いて沈黙している。体調でも悪いのか。声をかけようとしたそのとき、ことみが口を開いた。
「……本物のプログラマは」
「え?」
「本物のプログラマは FORTRAN を使うの」