Leftover

「いらないの?アテスウェイのケーキなんだけれど」
「……」
「栞の分、あたしが頂いちゃうわよ?」
「……」

返事が無い。相当意地を張っているということだ。仕方なくあたしは階段を降りた。

「駄目ね、相沢君」

リビングで待っていた相沢君に芝居がかった仕草で肩をすくめてみせると、彼は頭を心底困ったという顔をして頭を抱える。あたしは化粧箱の中身を見つめながら相沢君の向かいに腰を下ろした。

「うー、これでも許してもらえんか。結構気合入れたつもりなんだが」
「そうねぇ、あたしだったら心を動かされずにはいられないかも……」

何しろこのあたりでは結構評判のケーキ屋なのだ。一つ一つが小ぶりな割にいい値段がする。相沢君の心意気は認めるに吝かではなかった。主にあたしの目と鼻と舌と胃袋が。

「ここで香里を懐柔してどうする……」

「あら、搦め手から攻めるのは兵法の常道よ?」

彼は苦笑しながらケーキに手をかざして『どうぞ』と合図する。
あたしの意識がそこに吸い寄せられているのはお見通しのようだった。
あたしは頬を綻ばせて、狙いを定めると手を伸ばした。

「それじゃあ、遠慮なく頂きま〜す」
「ああ……なんだか全部香里に食われちまいそうだな」
「つまらない意地を張る栞がいけないのよ」

あたしはふんわり柔らかく、それでいてしっとりとした舌触りを楽しみながら、栞の『元』彼氏に向かってにっこりと微笑んだ。
そう、栞が要らないと言っているのに、どうして遠慮する必要があるのだろうか?