スケッチブック

「えへへ、私と祐一さんから」

突然そういって差し出された似顔絵(?)を、香里は口許を綻ばせながら受け取った。
勿論今日が何の日かは解っている。絵のモデルは彼女自身であり、妹が悪戦苦闘する様を目の当たりにしていたから。
それは兎も角。

「で、どこらへんに相沢君の手が入ってるのよ」

香里が知る限り、この絵は栞が一人で全て描いていたはずだった。顔を寄せて自分を模しているはずの作品を凝視する。仮に相沢祐一の手が加わっているとすれば――相変らずな栞の絵を見ながら彼女は断じた――彼の技量も栞と大差ない事になる。そう容赦の無い評価を下しかけた香里に、栞が答えた。

「ええと、祐一さんが用意した画材で私が絵を描いたから。二人の合作ですー」

能天気にぱちぱちと手を叩きながら、傍らの祐一に「ね?祐一さん」と同意を求める栞。うんうんと頷く祐一。

「それって、栞の誕生日プレゼントじゃないの……」

こめかみに指を当てて呆れてみせる香里。確かにほんの一ヶ月前、祐一が栞に画材を買い与えていた。でもそれは自分ではなく、栞の為の物で。

「出涸らしみたいで嫌か?」

祐一が軽薄な笑みを浮かべて問う。「そんなことないですよー。祐一さんの気持ちは無限大ですから」と、栞。不満など無い。あるはずも無いが、だがしかし。

「誕生日に惚気話を聞かされる己の不幸さを噛み締めてるだけよ……」

香里は、仲睦まじい二人から眼を背けるように天を仰ぐとそう呟いた。恋人の一人も居ない姉に対して少しは気を使えという事だ。だが、本音はというといささか異なる。要は栞にべったり甘えられている祐一が羨ましいのだった。かつての自分の立ち位置にいる祐一が。
しばらくの間そんな香里を見ていた祐一が、口を開いた。

「実は俺の分は別にあるんだ。ほれ」

「スケッチブック……?」

それは空色の、栞とおそろいのスケッチブックだった。

「どうだ、香里も」

「お姉ちゃん、一緒に絵を描こうよ」

香里は面食らったまま、二人の顔をかわるがわる見つめる。
自分はそんなに解り易い顔をしていただだろうか。理解のある姉として振舞っていたつもりだが。あるいは名雪がなにか吹き込んだのかも。
そんな事を考えながらも、香里の頬は自然に緩んだ。それを見た二人の表情に喜びの成分が浮ぶ。そんな二人の反応に、ますます嬉しさがこみ上げてくる。思わず笑みがこぼれた。

「仕方ないわね。あたしが指導してあげるから、相沢君をもう少し男前に描いてあげなさいよ」

「そうだな、実物の3倍はカッコよく描けるのがプロってもんだ」

「わっ、それはプロの人でも無理ですよ。だって……」

相変らずの惚気っぷり。だけど、それが不思議と気にならないことに気付く。
今日は晴れの日。さあ出かけよう。