粋な彼女
「それで、話って何?」 放課後、中庭、二人きりの男女。あたしは努めて表情を殺しながら尋ねた。 「見当はついてるんだろ?」 まさか、そんな。あたしは唇を噛んだ。本気、なのだろうか、相沢君は。 相沢君には栞が居る。それに名雪だって。彼女もまた、七年もの間相沢君への想いを暖めてきたのだ。それを知っていて、どうしてあたしが割り込むことが出来るだろう。 「栞には今日の事は話してある。あいつは……応援してくれたよ」 ビクリ、と身体が震える。信じられなかった。栞が、そして真っ直ぐな迷いの無い視線であたしを見つめている相沢君が。沈黙しているあたしに、再び彼が口を開く。 「俺の気持ち、受け取って欲しい」 その言葉に鼓動が一気に速くなる。頬が熱を持つのが判った。間違いなく、あたしの顔は真っ赤になっているだろう。とてもではないが相沢君の顔を見ていられず俯く。視界に入った彼の右足が踏み出された。駄目だ、身体はあたしの意思に反して動こうとしない。いや、そもそも逃げ出すべきなのかどうかも分からない。あたしは―― 「香里」 パニック状態に陥ったあたしは呼ばれるがまま顔を上げる。目と鼻の先まで詰め寄ってきた相沢君と視線が合ってしまう。もう、彼を突き飛ばす事も逃げ出す事も出来ないまま、お互いを見つめ合う。どうしたら良いか分からなくなったあたしは目を閉じた。 彼の微かな吐息と、自分の爆発しそうな鼓動、空気を隔てて感じる、徐々に近づいて気配。と、こめかみに何かが触れ―― 「ひゃん!?」 ひんやりした感覚におもわず声をあげる。 「な、何するのよっ!……って、メガネ?」 目を開けたあたしの視界には……会心の笑みを浮かべて、フレームに囲まれガラス越しに映る相沢君の姿があった。 「うむ、似合ってるぞ香里」 「何……なんでメガネが」 覚悟を決めた所にメガネ。何がなんだかさっぱり分からない。 「今日はホワイトデーだろ。ホワイトデー。いやぁ、秋子さんに頼んで栞を香里そっくりにメークして貰った甲斐があったなぁ」 ……ええと、つまり。今日はホワイトデーで。チョコレートのお返しをする日な訳で。 「ま、紛らわしい真似するなーっ!」 あたしの怒声に身を翻して校舎へと駆け出す相沢君を、あたしは即座に全力で追いかける。メガネをかけたままで。 校内を一周してようやく、あたしはまだ人の多い校舎内でメガネ姿を晒し回ったことに気付いたのだった。
「普段めがねをかけているに違いない」と「別段視力が悪いわけじゃないけど、めがねをかけて欲しいと思う」との、ちょっとした違いから思いついたこと。タイトルは伊達メガネの伊達=粋ということで。うーん。
祐一のホワイトデーのプレゼントは全員めがね。それがめがねかのんなのだ。とかだったり。いや、これだと滅茶苦茶高くつきますが。