Thermal Equilibrium

「おじゃましまーす」
「……ただいま」
「おかえりなさい、お姉ちゃん。いらっしゃい、祐一さん」
 夏期講習の帰り、並んで美坂家の玄関を潜った俺達を迎えたのはリビングから流れてくるクーラーの冷気と、アイスを咥えた栞だった。
「おお、随分と贅沢な夏休みライフを送ってるじゃあないか、栞」
「えへへ……外は暑いですか?」
 言わずもがなの事を口にする栞。俺も香里も随分と汗をかいてるのは一目瞭然だ。
「ああ、予備校の教室は涼しかったけどな。途中の帰り道が正直堪らんかっ――」

 ドサッ!

 突然の物音に言葉が途切れる。香里が手にしていたバッグが、床に滑り落ちたのだ。
どうした?と問いかけようとして香里の様子がおかしいことに気付いた。思いつめたような表情で、栞を凝視している。
「栞……」
「な、何?」
 姉のただならぬ様子に、思わず腰が引けそうになりながら栞が答える。香里は無言で足を一歩踏み出すと――
「ひゃん!?」
 いきなり栞に抱きついた。
「冷たい……」
 腕をガッチリ掴むと、頬同士をピッタリとくっつけて呟く香里。抱きついた拍子にアイスが床に落ちたが、意に介さずそのまま栞にほお擦りをしながらうっとりとした表情でブツブツと喋りだした。
「いい? 異なる温度の物体を接触させると、高温の物体から低温の物体に熱が流れるのよ。時間の経過と共に両者の温度差は減少していき、温度が等しくなると熱の移動はとまるわ。この状態を熱平衡と呼ぶの」

 ああ、今日の物理熱力だったもんなそれにしても香里って思わせぶりな前フリとか好きなんだよなそういえば初対面の時にも名雪に抱きついてたよなやっぱそのケがあるんじゃないのかいやしかし妹はまずいだろ義姉さん。

 内心でそうツッコミを入れつつあっけに取られていた俺を尻目に、香里はなおも講義を続けながら熱抵抗を減少させるべく接触面積の増大をはかっていたが、しばらくするととりあえず満足したのか一寸顔を離してこちらを見る。
「相沢君もどう?冷やしおり。よく冷えてるわよ〜」
 いや、冷やしおりって……一応、栞を救助しとくか。
「あー、熱平衡どころか、もう栞の方が温度高そうなんだが」
 香里に抱きつかれて顔を真っ赤に染めた栞を見ながら返答する。栞は首をぶんぶんと勢い良く縦に振って同意していた。姉とはいえ、やはり恥ずかしいのだろう。もちろん熱いのもあるだろうが。
「あら、大丈夫よ。まだ結構冷たいもの。」

 しかし、香里は即座に反論するとぎゅっと栞の身体を抱きしめた。
 くすぐったいのだろう、嬌声をあげて、身をよじる栞。
 涼を求めて這い回る香里の腕。
 その光景はいささか以上に刺激的で。

「ほら、遠慮せずに」
「……それじゃあちょっとだけ」
 身体の奥が別な意味で熱くなるのを自覚しつつ、俺は足を踏み出す。
「ゆ、祐一さん?ち、ちょっと、そんな事する人――」

そうして香里の反対側から挟み込むように身を寄せると、たっぷりと冷やしおりを堪能したのだった。

しかし、ラックラックさんは所属上ぱんつのイメージが強そうに思えて実は肩ひもずらし属性かなーと思うんですがどうでしょうか。