涼宮ハルヒの抱擁 前編

幽霊騒ぎが無事解決し、いよいよ春休みを待つばかりとなった日のこと、今度こそ本年度の非常識イベントを全てこなしたと確信していた俺は予想外の事態に自失していた。俺の目の前で頬を高潮させ、潤んだ瞳を俺に向けるハルヒに。

「キョン……」

囁くように俺を呼ぶハルヒの、いまだかつて見たこともない表情に愕然としつつ、頬にかかる吐息の熱っぽさを感じて俺は身を固くする。どうしたんだハルヒ?お前らしくもないぜ。俺はともすれば震えそうになる手をハルヒへと伸ばしながら、事の起こりに想いをめぐらせた。



ちょうど三時間目も終わりが見えてきた頃、俺がまるで興味のわかない教師の話をいいかげんに聴いていると、背中に何かが触れるのを感じた。いちいち振り返るまでもなく、ハルヒのシャーペンに違いないと見当をつける。いい加減こいつの行動パターンにも慣れて来たしな。ハルヒと来たら、ロクでもないことを思いつくたびに授業中だろうとお構い無しに俺の背中を突付きやがるのだ。だが、ハルヒのシャーペンは俺の背中にキャップを押し付けたままクルクルと周回運動を始めた。

やれやれ。

ハルヒめ、普段から俺の背中を突付きまわしているからなのかどうか知らんが、妙な癖がついたらしく、時々何の用も無いときでもシャーペンをのたくらせるようになりやがった。まったく、こうなると気になって授業に集中など出来やしない。俺の背中はキャンパスじゃないんだぞ。俺はそっとため息をつくと目を閉じ、背中に走るこそばゆい感触に身を委ねた。



ようやくのことで休み時間の到来を告げる鐘が鳴り、同時にひもじさを訴えかける腹時計の音がシンクロしたことにいささかの情けなさを感じつつ教諭への礼を済ませた俺は、改めて立ち上がる気力も失せてしまい何とはなしに教室内を見渡した。席替えにより離れた場所に席が移ってしまった谷口と視線が交差する。谷口は立ち上がりながら手を挙げかけて――わずかに視線を横に逸らしたかと思うと親の仇でも見たかのような渋面を作り、身を翻して教室を出て行ってしまった。どうしたんだあいつは?
 と、そういえば、谷口の視線が向けられた先は俺の後方だったな。大抵は休憩時間中になるとどこかをほっつき歩いているハルヒが、今日は珍しく席に居るので逃げ出したのだろう。全く情けない奴だ。ところでハルヒ、貴重な休憩時間だぞ、いつまで人の背中を玩具にしているつもりだ?

「んー」

死ぬほどダルそうな生返事が返ってきた。ハルヒはペースを落としつつも相変わらず俺の背中でのの字を書き続けている。首をねじって振り向くと、机に突っ伏したハルヒが視界の片隅に映る。そういえば今日は朝からテンション低かったな。俺は姿勢を元に戻し、休み時間が終了するまでハルヒの好きにさせることにした。触らぬ神に崇りなし、なのさ。



再び鐘が鳴り、4時限目の教諭が教室のドアをくぐる。号令に合わせて起立。礼をしつつ、背後から椅子を引き摺る音が聞こえない――おそらくハルヒは突っ伏したままでいる――ことに呆れながら着席すると、背中に何かが触れる感触と共に硬質の音が床から発せられた。見るとシャーペンが落ちている。まったく仕方の無い奴だ。俺は手を伸ばしてハルヒのシャーペンを拾い上げ、突っ伏したままのハルヒに向き直った。ハルヒよ、いつまでそのままでいるつもりだ?まさか本当に寝てるのか?熟睡なんてしていたらシャーペンの先で突ついてやろうか……ナイスアイデアを思いついた俺はハルヒの顔を覗き込み――思わず息を呑んだ。

中編

原作的ツンデレ描写って難しい……