涼宮ハルヒの抱擁 中編

前編

キョン……」

ハルヒの聴いた事も無いような弱々しい声に再び呼ばれ、たっぷり十数秒硬直していた俺はようやく我に帰った。そうだ、回想シーンに突入してる場合じゃないぜ。差し出しかけたまま固まっていた手をハルヒの額にあてる。

「おまえ、熱があるじゃないか!?」

それからが一騒動だった。俺は教諭の許可を得て渋るハルヒを抱え込むように教室から連れ出し、廊下に出たところでオンブして保健室に直行、よりによって保健教諭が不在だったので勝手にベッドにハルヒを寝かせ、氷嚢のありかを探して代わりに見つけた冷えピタを額に貼り付け……とりあえずの処置を済ませるとハルヒの傍らに椅子を移動させて座り込む。俺は苦しげなハルヒの表情を注視しつつ、こいつの体温に反比例するように心が冷えていくのを感じた。頼むぜ、おい。お前はいつも無駄にハイテンションで元気なのがとりえなんだからな。さっさと復活していつものように俺の杞憂など鼻で笑い飛ばす余裕を見せてくれ。



しばらくの間、ハルヒは辛さを訴えるように身じろぎしたり寝返りをうって俺をやきもきさせていたが、どうにか眠りについたのを見て俺としてはようやくひと安心と言った所だ。眠りばなに何やらうわ言を呟いていたのだが、だいぶ楽になったのかそれももう収まり、今はすやすやと安眠状態である。一息ついた俺は壁にかかった時計を見上げて時刻を確認した。授業終了までにはまだ時間があるが、今更戻るのも面倒だしこのまま看病するという名目でパスする事にしよう。やはり団員その1としては団長を放っておく訳にはいかないのさ。うん。決してサボろうなどと考えている訳ではないぞ。



他にする事もないので、川の流れのように時が過ぎ行くにまかせてハルヒの寝顔を眺めながら、ハルヒの顔にイタズラ書きをするなら何を書こうかなどと思いをめぐらせていたのだが、ようやくのことで4限の終了、すなわち本日の授業の終了を告げる鐘が鳴った。さて弁当の回収とSOS団の連中への連絡をどうしようかと俺が思案していると、控えめな力加減でドアがノックされる音が聞こえ、振り向いた俺の目に開いたドアの隙間から覗き込む顔が映る。……阪中?

「涼宮さん、具合どう?」

ハルヒを気遣ったのだろう、小声で問いかける阪中にハルヒを指し示してやはり小声で

「もう落ち着いたみたいだ」

そろそろと歩きながら両手の手のひらを合わせて良かったと安堵の呟きを発する阪中の表情を見て、衰弱するルソーを案じていた彼女の姿を思い出す。わざわざ見舞いに来てくれたんだな。心配かけて済まなかった。

「ううん、お互い様なのね」

ああ、そうだな。俺は阪中の瞳を見つめ、ゆっくりと頷いた。俺は心のなかで、四月からも一緒のクラスでハルヒの友達として居てほしい、とあらためて思った。ハルヒに振り回される被害者がまた一人増える事になるのかもしれないが……。と、阪中が恥ずかしそうに俯く。いかん、いつのまにか阪中を凝視していたようだ。スマン、考え事をしてたんだ。あー、文芸部室に行って来るが、すぐ戻るからハルヒを見ててくれないか。俺はバツの悪さを隠そうと早口でまくし立てながら席を立ち――

「キョン」

穏やかさを感じさせるハルヒの声に俺は動きを止めた。なんだ、もう良くなったのか、ハルヒ。俺は振り返ってベッドを覗き込み――そこにハルヒの健やかな寝顔を見出した。

ちょっと待て、寝言で俺の名前を呼んだのか?よりにもよって阪中のいる前で。お前がどんな状況下で俺をこき使っている夢を見ているのか知らんが、少しは状況をわきまえろ。見ろ、阪中が顔を真っ赤にしてるじゃないか。この遺憾極まりない事態に俺が何を言うべきか考えていると、阪中はさっと立ち上がるとSOS団の連中に知らせに行くからと保健室から出て行ってしまった。

「涼宮さんのそばについていてあげて」

と言い残して。

ごめんね、期待させちゃってごめんね。

しかし、前後編のつもりが収まらなく……ハルヒ視点で思いついたネタに引きずられて。
公開する宛も無い脳内裏設定のせいで肥大化とは我ながら予想外。